こんにちは、柊(ひいらぎ)です
今日で東日本大震災から10年
あっという間です
「あの瞬間何してた?」
という会話は何回も繰り返されたのではないでしょうか
当時、私は住んでいる県を離れ買い物をするために仙台にいました
何度考えてもとんでもないタイミングでした
当時を振り返ると共に
現状がどうなっているのかをまとめていきます
東日本大震災から10年
仙台に向かっている途中の高速バスで地震に遭いました
体験したことのない揺れでまさに九死に一生体験をしました
高速道路ということもあり引き返すことは出来ず
被災地に向かうしかありませんでした
バスから降りるとそこには見慣れた仙台の景色はありません
信号はついていない
道路には地割れも見られ
行き交う人々の数
来るかどうかも分からないバスを待つ人達
繋がらない携帯電話
時間が遅くなると街灯もつかないため
街は闇に包まれていきました
防犯機能を失ったコンビニから
商品を取って走り去る人たちが何人もいました
非常時の人間って怖い…と心底感じた出来事です
避難所で一晩過ごすも余震の影響で全く落ち着かなかったのを覚えています
翌朝の仙台は
世の中の喧騒を嘲笑うかの様な晴天
食料を求めて歩き回るも
電気ガスなどのライフラインが機能していなかったので
営業できる店はほとんどなかったです
そんな中、とあるたい焼き屋さんが営業しているという噂があり
既にできていた長蛇の列に並びました
あのたい焼きの味は忘れられないです
さらにそのお店のおばあちゃんが優しかったのも印象的でした
並んでいる客一人一人に対して
「みんなで頑張りましょう!」
と言いながら飴などを配って歩いていました
中々できることじゃないです
あのおばあちゃんの姿に間違いなく励まされました
その後運良く友達に出会い
家に戻ることができたので私は本当にラッキーでした
10年経ったけど終わりではない
10年経った今も行方不明になっている人はいます1
0年は経ったけど全て終わったわけではないのです
津波の被害や放射能の除染作業も含めてまだまだ終わりは見えません
復興には国の力が必要です
そして、私たち一人一人は防災意識を常にどこかに持つことではないでしょうか
いつかは分からないけどいつかは必ず来る
それが災害です
どんな時も対応できるように防災バックくらいは用意しておきましょう
10年前に運良く生き延びることができたことを毎年この日に感謝します
当たり前に仕事にいけることを当たり前だと思わずに生きていきましょう
ではまた:-)
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